ブログトップ

読書日記h1

huutyann1.exblog.jp

本が好きなことの幸せ

<   2008年 08月 ( 1 )   > この月の画像一覧

 
 国立千葉病院の精神神経科医、西川喜作氏が二年七ヶ月にわたる癌との戦いの末、世を去 った。氏に「死の医学」について書くときは、役立てて欲しいといわれ、氏の闘病記・死に到る  心の動き・氏の考えをまとめたものである。
 死にゆく人に対して、医師が患者に接する時間が余りにも短い。
 1人の患者さんに三分くらいしか接する時間が無い。
 医師はデータを出すために診察する。
 それはどういう患者さんを何百例見て、どういう治療をしたら何パーセント良くなったと言う   データである。
 患者さんの側に居て、その心を掴み病を治していくには程遠い。
 
 告知とは?
 単に病名を告げるだけで、あとは患者まかせというのではなく、患者本人に人生を真剣に
 考えさせ、残された時間をよりよく生きる道を探る機会を与えるものでなくてはならない。
 多くの人にとって真実を知ることは、一人では耐えられない程の苦悩を背負うことになるから
 医師・看護師・家族による支えが必要になる。
 つまり告知とケアは一体にならなければならない。

 この世に残すものがあると、死の恐怖の救いになると西川医師は言った。
 そしてそれは仕事であり、子どもであると。
 肉親の愛・身近な人の愛が死の恐怖を克服させ、又生きるエネルギーを与える。
 
 私はイギリスにおけるターミナルケアのことを思い出していた。
 ホスピスでは例え、死に行く人が言葉を口にしなくなっても、ベッドを囲む家族や医師スタッフ は、最後まで患者が聞いていると言う前提に立って、患者に絶えず話しかける口調で
 会話を続けるようにするのである。
 何故その様にするかと言うと、奇跡的に意識を取り戻した患者の話から、臨死患者の中には
 外見上は殆ど感覚も意識も失ったように見えても、実は周りの会話を聞いており、ただ
 意識を言葉にして話すことが出来なくなっているだけだ、という場合があることがわかった
 からである。とすれば最後の最も大切な瞬間に死に行く人に伝えるべきことがあるならば
 語りかけの努力を怠るべきではない。
 私はそういう思いを込めて、西川医師に「先生、原稿が出来ました。」を繰り返した。
[PR]
by huutyann1 | 2008-08-22 10:25 | Comments(0)