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読書日記h1

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本が好きなことの幸せ

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私は介護の仕事をしているので、ホスピスについて聞かれることがあるので読んで見ました。
ホスピスとは
  1 末期患者、特に末期がん患者及びその家族を応援する施設であり、プログラムである。
  2 末期がん患者が最後の時まで、快適で患者自身の選択と意志に基づいて、生き抜くこと    を応援する。
  3 患者の苦痛を取り除くことに、最大の力が注がれる。
  4 患者の望む宗教の、宗教的援助が得られる。
  5 医師・看護師・ソーシャルワーカー・栄養士・宗教家・ボランティアがチームを組んで患者    のあらゆるニーズを可能な限り応援する。
  6 在宅ケアのプログラムも持っている。
  7 コンサート・絵画の展示など芸術にふれることが出来る。
  8 病名など隠すことなく、患者に近く確実に訪れる死について、生前のお互いの気持ちの     交流が出来る。
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by huutyann1 | 2009-01-16 13:57 | Comments(0)
Hとは肇のローマ字の頭文字で彼の呼び名である。
小学校の正門前横に奉安殿があり、登下校の時には最敬礼することが義務付けられていた。
校庭に立っていた二宮金次郎の銅像も大砲の玉にするために運ばれていった。
召集令状が来て出征する人が増えた。
ついに日米が開戦し空襲警報が時をかまわず鳴り響き、人々は不安におののいた。
このころHは中学生になった。
戦線は厳しくなり中学でも軍事訓練が授業より多くなった。
そしてHの街は空襲にあい焼け落ちた。
広島と長崎に原爆が投下され
中学2年のとき、日本はついにポツダム宣言を受諾した。
天皇陛下の玉音放送で敗戦が決定した。
特攻隊の生みの親といわれる大西中将は、自決した。
その遺書には、
「特攻の英霊に申す。良く戦いたり深謝す。最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり。しかれどもその信念はついに達成し得ざることに至れり。吾、死を以って旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす.......。」

戦争が終わり世の中は変わった。
規制もされたが昭和23年より男女共学になった。
文字は左から右への横書きになった。

少年Hは卒業後、美術へ進むことに決めた。
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by huutyann1 | 2009-01-06 13:27 | Comments(0)