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読書日記h1

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本が好きなことの幸せ

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 吉川英治賞受賞作品。アメリカ・メキシコ・アフリカ等現地取材し膨大な資料と8年の歳月を費やした
 伝記小説。
 野口英世は1919年黄熱病の病原菌研究に功績したことにより、米国医学会から銀牌を贈られた。
 黄熱病はかつてペスト・天然痘・コレラとともに世界を震撼させた悪性伝染病である。
 野口は福島猪苗代湖の近くの三城潟の貧しい家に生まれた。
 母シカはしっかり自立してよく働き年老いてからも、産婆の免許を取ったような人であるが、父はまるきり
 だらしない役立たずだった。
 野口もまただらしない性格を受け継いでおり、渡米前後あらゆる人にお金を借り、返さずまた借りた。
 おそらく出資者は野口の将来に望みをかける気持ちがあったものと思われる。
 渡米の船賃を高額人に借り、一晩で飲み買いし、すってんてんになり、また借りる為に人に泣きつく。
 こういうことを何度も繰り返している。
 しかし勉強はとことん努力を怠らなかった。
 苦労して医師開業の免許を取り、東京に出る。
 歯科医で働きながら教鞭をとったり、北里研究所で最近の勉強をした。
 そしてアフリカに渡り押しの一手でペンシルバニア大学のフレスナー教授の研究室に入る。
 野口は東北人特有の粘り強さを持っていた。
 「野口はいつ眠るのか?」と周囲の人に不思議がられるほど、最近の研究に没頭した。
 のち、ロックフェラー研究所に入る。
 野口は苦労人の母を見て育ち、人並み以上の母思いであった。
 15年ぶりに帰国した彼は人目もはばからず母に孝養の限りを尽くした。
 50歳過ぎて黄熱病研究の為、妻メリーの反対を押し切ってアフリカに入る。
 そして自らの研究の犠牲になって、53歳でアクラにおいて生涯を終える。
 作者は札幌大学医学部の整形外科医であった経歴から、野口を肉体的な面から、また作家として
 精神的な面から見て遠き落日を合体させている。
 ヒューマニストにしてエゴイスト。
 孝行息子にして道楽息子。
 細菌王にして借金王。
 日本人にして国際人を見事に表現している。
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by huutyann1 | 2009-11-28 09:08 | Comments(0)