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読書日記h1

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本が好きなことの幸せ

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 27歳で初恋の女性と結婚した。
 証券会社勤務でニューヨーク勤務となり、マンハッタンの高層ビルの89階がオフィス。
 そこから車で30分のマンションに妻と6歳になる息子と暮らすことになった。
 全て順調のように思われたが、妻が英語ができるにも関わらず、生活に馴染めずノイローゼになる。
 
 ある日仕事から帰ると妻は息子を連れて、有り金をかき集めて東京行きの飛行機に乗ってしまった。
 
 日本で診察を受けたところ、甲状腺ホルモンの分泌量が不足する、自己免疫疾患であることがわかった。
 新陳代謝が著しく低下するため、無気力になり頭の働きが鈍り顔つきまで変化することがある。
 13年かけて結婚にこぎつけたのに、壊れるにはわずか数ヶ月しか要しなかった。
 
 景気が悪化し証券会社は倒産、損保会社に次長として着任した。
 上辺の景気と異なり、内部は火の車だった。
 
 息子の翔は母親と暮らしていたが、進学がうまくいかず父を訪ねたりした。
 元妻も翔のことで相談の電話をかけていた。
 
 月日が経ち翔は年上の女性を結婚相手に選んだ。
 二人は父母として結婚式に出席した。
 「あのまま続いていれば今年銀婚式ね。」元妻がつぶやくように囁いた。
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by huutyann1 | 2014-10-28 19:54 | Comments(0)

 歴史経済小説。
 出光興産創業者の出光佐三をモデルにして、
 国岡鉄蔵の一生と出光興産の生い立ちが書かれている。
 百田尚樹は1956年生まれ。2006ねん「永遠の0」で小説家デビュー

 国岡鉄蔵は「黄金の奴隷となるなかれ」がモットーで会社の利益よりも社会への還元・消費者の利益を優先
 した。国岡商店には出勤簿も組合も定年もなく「信頼」でつながっていた。
 異端の石油会社国岡商店は、大手石油会社から排斥され苦難に陥っていた。
 しかし鉄蔵は一人足りとも馘首せず、旧海軍の残油を集めるなど糊口をしのぎたくましく成長していく。
 実在の人物をモデルにした本格ノンフィクション・ノベル。

 昭和26年、17000トンの7タンカー建造に乗り出した。[日章丸]の誕生である。
 (イラン石油を積み込むことになる)
 イラン石油で莫大な資産を得たが、3年くらいしか続かなかった。アメリカがコンソーシアムを創りイラン国営
 石油会社を支配しようとした。
  
 37年日本人による初のスーパータンカーが進水した。全長291m・幅43m13万トン名称は初代、二代目に
 続く日章丸である。甲板は自動車を2000台並べることができる広さ。

 徳山に製油工場が完成したが大きな欠点があった。
 徳山港の海が浅かったことだ。いろんな方法を模索したがシーバース法を採用。
 日本では誰もやったことがなく、手探りだった。2800mの鋼鉄のパイプを海底に沈め沖の船からこのパイプ
 を通して陸揚げするのである。失敗を重ね

 33年遂に日本初のシーバスは完成した。國岡商店が初めて石油を輸入し2750mの海底パイプラインを
 通って油槽所の巨大タンクに送り込まれた。
 タンクは5万トンの石油を貯蔵できる世界最大のものだった。

 39年世界初の高速鉄道「新幹線」が開通し東京オリンピックが開催された。
 戦後の発展の原動力になったのは石油である。
 しかし日本はエネルギーの全てを外国に頼っていた。
 もし国際的な巻きこまれ石油が入ってこなくなる状態を想定して、鉄蔵は自分たち石油会社の大きな使命と 責任を感じていた。この頃石油連盟の生産調整で自由に石油生産ができないでいた。
 
 40年哲三の尽力で調整の撤廃にこぎつけた。これで政府の供給の統制が効かなくなり市場経済の下で
 石油を自由に販売できるようになった。
 
 41年、81歳になった鉄蔵は弟の正明を社長に、腹心の東雲を副社長に自分は会長になった。
 この秋21万トンという巨大タンカーが出現し世界は目を見張った。
 全長342m・幅49.8m内部はオートメーション化され32名の乗組員でまかなえた。
 船の名前は「国岡丸」。

 44年83歳の鉄蔵はテレビでアポロ11号が月面着陸する映像を見た。アポロにも石油が使われている。
 今では燃料以外にもプラスチック・合成繊維・医薬品・など20万種類に使われている。
 
 56ねん、鉄蔵は95歳まで生きた。

 
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by huutyann1 | 2014-10-03 10:57 | Comments(0)