安楽病棟  箒木蓬生

精神病棟の看護日誌をつけながら、精神病患者の日常と終末に関するノンフィクション。
患者は十人十色同じ状態の人は二人といない。
いつか先生は患者のことを動屍と言った。そういう見方も有ると思った。
オランダでは安楽死は同意があっても無くても医師が決定する。
現在オランダでは安楽死と言う言葉を使わず、生命終結行為と表現し、これを容認して30年にもなるそうです。
生命維持治療の代表が鼻空栄養や、胃ろうです。オランダではこれに対して厳しい見方をしている。こうした人工的栄養は、死の過程を引き伸ばすだけで、患者をベッド上のロボットと化し、
治療はもはや臨むべくもなく更に、悲惨な状態に陥れるのみと断定している。

痴呆病棟は季節が巡ってきても、生命は元の勢いを取り戻さない。
枯れ始めた生命は少しづつ、あるいは急速に死に向かうしかない。
苦しみは死の静けさによって報われるしかない。
8人の患者が順を追って亡くなった。それが医師による、生命終結行為であったことを知った私は愕然とした。本当にこんなことが行われて良いのだろうか?。
知っているのは私と医師だけ。
私は告訴する決心をした。医師は医師免許を剥奪され、どんなに世の中の非難を受けようともそれが、犬畜生より劣る行為だったと、罵られ様とも私だけは医師をそんな風にはおもいません。告発とそれとは別のものだから。
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# by huutyann1 | 2008-02-09 19:30 | Comments(0)

天涯の船  (上・下)  玉岡かおる

60歳を過ぎた叔母は今も現役の歌手。
「ミサオ、女に年齢はないのよ。幾つになっても女は女。自ら扉を下ろす必要は無いのよ。」
「数々のオペラの名作が歌っているとおり、恋は女の心の泉なんだから。心の泉を涸らしてしまったら生きていたって喜びが無いのも同じよ。」

その頃光次郎は神戸製鋼の社長であったが、敗戦と経済恐慌のあおりで事業の終焉を前にしていた。
「死が訪れることが怖いのではない。自らの事業が失敗するのが怖いのでもない。人間の心の恐れとは、自ら描いた夢に、希望が持てなくなったときに訪れる。」

アルプスの高みに群れていく雲。
やがて散らされ跡形もなく、大気の中に消えていった叢雲のかけらが、目の中をよぎる。
日本で始めての西洋絵画の美術館が出来る日に、再会を約束したミサオと光次郎だったが光次郎の死により叶わぬ夢となった。諸行無常。
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# by huutyann1 | 2008-01-14 20:06 | Comments(0)

いのちの日記  柳澤桂子

自分自身のこころが満たされる信仰のかたちを思い描きながら信仰心が形付けられていった人生経験とこころの軌道を率直に書き綴ったもの。

粒子と言う考え方、宇宙はクオークと言う極微の粒子で出来ており、クオークが集まって原子になり、原子が集まって分子となる。そして分子が集まって物質が出来る。
従って私たちは分子の固まりである。
植物も細菌もみな分子の集まりである。
生き物ばかりでなく家具も家も石も分子の固まりである。
川を流れる水の音は水の分子のぶつかり合う音であり、人が見にまとう服の衣ずれの音は布の分子が擦れ合う音である。
そこに「私」という個別のものは存在しない。009.gif
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# by huutyann1 | 2008-01-02 12:53 | Comments(0)

国銅(上・下)   箒木蓬生

長門の奈良登り、銀を掘る坑道で兄が死に、仲間の黒虫も死んだ。国人の話を聞いて景信は
「誰にでも死はやってくる。人は皆その日に向かって、日々近づいている。お前もわしも。」
棹銅作りから都へ上がり大仏様を作っている仕事に加わることになり、奈良登りから15人出発した。天平19年のことである。
奈良登りで5年、都で5年。
東大寺の五丈六尺の大仏開眼を見届け、帰路に着く。15人出発した仲間で無事に帰りついたのは国人一人だった。師の景信も亡くなっていた。

箒木さんは「白い夏の墓標」で注目を浴び「三度の海峡」で吉川英治文学賞。「閉鎖病棟」で山本周五郎賞を受賞。そのヒューマンな筆致は読者をとらえて離さない。
山崎豊子さんと共に私の大好きな作家です。d0126575_11375182.jpg
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# by huutyann1 | 2007-12-09 11:39 | Comments(0)

ホームレス中学生  田村 裕

母は癌で泣くなり、父は体を壊し仕事はリストラされた。
13歳で家族を解散し、行き場の無い僕は吹田市の「まきふん公園」で野宿する運命になった。
すぐに所持金は使いきってしまい、自販機の周りにお金が落ちてないかと探し回った。
食べ物がなくなり、草を食べたりダンボールを水に浸して食べたりした。
美味しくなかった。
雨降りの日、裸で外に飛び出し雨シャワーをした。
約一ヶ月の公園生活の後、クラスメイトに一緒に暮らそうと言われその友達の家に行った。
家族は皆優しく僕を迎えてくれた。
その後近所の人の協力で、兄・姉・僕の三人はぼろアパートに住み、生活保護で暮らせるようになった。
一つのことを最後までやり遂げる意味を兄に教わり、姉に諦めない心と言うものを教わった。
思いやりに溢れた人間に、そして何よりも僕自身が楽しく生きることが大事だと先生に教わった。

明るい性格と人を笑わせる特技を生かそうと、お笑い芸人になる修行を始めた。
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# by huutyann1 | 2007-11-17 08:58 | Comments(0)


本が好きなことの幸せ


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