心の対話  千名  裕

何故一つの口と二つの耳を持っているのか、自分でおしゃべりする二倍、人の話に耳を傾けなさいと言う意味のようです。
人が人を理解する基本は何といっても対話。
相手が今何を思い、何を望み、何を願い、何を必要としているか、つまり相手の情動的ニードに対し、感じていく力、迫っていく力を持たなければならない。
相手の心を汲み取る心、その心に共感する心の働きを欠いては、援助は成り立たない。
相手の心を知り、その心が訴えていることを理解し、心のひだに包まれているものを汲み取って、其れにこたえていこうとする努力。
それはそのまま、相手を大切にする姿勢であり、対話を大切にする姿勢でもある。
相手の僅かな顔色の動きも読み取って、その心を察することは観察の神髄でもあり看護の要点でもあるが、其れも常日頃から相手との対話が充分なされていてこそ可能な話である。
花も小鳥も見る人の心に有ると言い、優しく揺れる花も籠の中にさえずる小鳥も、心のありようによっては、風に泣き、囚われの身を嘆いているように見えると言うことです。
d0126575_12382823.jpg

[PR]
# by huutyann1 | 2008-03-09 10:08 | Comments(0)

桂よ、わが愛その死  三宅一郎

「天国に一番近い島」と言う本を20代の頃に書き、ベストセラー作家になった森村桂。
穏やかな時は作家活動、ケーキ作りに打ち込んだ。
その夫、三宅一郎が桂との25年間を書いたもの。
愛と不安に揺れた青春の傷跡、母親と娘の哀しい関係が深く因をなした狂える桂。
妄想との果てしない闘い。狂乱。錯乱の日々。
まだ20年は生きると思ったのに、入院中の病院のトイレで倒れそのまま亡くなった。

狂った妻を愛を持って見守った高村光太郎を思い出した。

d0126575_1432318.gif
[PR]
# by huutyann1 | 2008-03-02 14:33 | Comments(0)

安楽病棟  箒木蓬生

精神病棟の看護日誌をつけながら、精神病患者の日常と終末に関するノンフィクション。
患者は十人十色同じ状態の人は二人といない。
いつか先生は患者のことを動屍と言った。そういう見方も有ると思った。
オランダでは安楽死は同意があっても無くても医師が決定する。
現在オランダでは安楽死と言う言葉を使わず、生命終結行為と表現し、これを容認して30年にもなるそうです。
生命維持治療の代表が鼻空栄養や、胃ろうです。オランダではこれに対して厳しい見方をしている。こうした人工的栄養は、死の過程を引き伸ばすだけで、患者をベッド上のロボットと化し、
治療はもはや臨むべくもなく更に、悲惨な状態に陥れるのみと断定している。

痴呆病棟は季節が巡ってきても、生命は元の勢いを取り戻さない。
枯れ始めた生命は少しづつ、あるいは急速に死に向かうしかない。
苦しみは死の静けさによって報われるしかない。
8人の患者が順を追って亡くなった。それが医師による、生命終結行為であったことを知った私は愕然とした。本当にこんなことが行われて良いのだろうか?。
知っているのは私と医師だけ。
私は告訴する決心をした。医師は医師免許を剥奪され、どんなに世の中の非難を受けようともそれが、犬畜生より劣る行為だったと、罵られ様とも私だけは医師をそんな風にはおもいません。告発とそれとは別のものだから。
d0126575_1930113.gif

[PR]
# by huutyann1 | 2008-02-09 19:30 | Comments(0)

天涯の船  (上・下)  玉岡かおる

60歳を過ぎた叔母は今も現役の歌手。
「ミサオ、女に年齢はないのよ。幾つになっても女は女。自ら扉を下ろす必要は無いのよ。」
「数々のオペラの名作が歌っているとおり、恋は女の心の泉なんだから。心の泉を涸らしてしまったら生きていたって喜びが無いのも同じよ。」

その頃光次郎は神戸製鋼の社長であったが、敗戦と経済恐慌のあおりで事業の終焉を前にしていた。
「死が訪れることが怖いのではない。自らの事業が失敗するのが怖いのでもない。人間の心の恐れとは、自ら描いた夢に、希望が持てなくなったときに訪れる。」

アルプスの高みに群れていく雲。
やがて散らされ跡形もなく、大気の中に消えていった叢雲のかけらが、目の中をよぎる。
日本で始めての西洋絵画の美術館が出来る日に、再会を約束したミサオと光次郎だったが光次郎の死により叶わぬ夢となった。諸行無常。
[PR]
# by huutyann1 | 2008-01-14 20:06 | Comments(0)

いのちの日記  柳澤桂子

自分自身のこころが満たされる信仰のかたちを思い描きながら信仰心が形付けられていった人生経験とこころの軌道を率直に書き綴ったもの。

粒子と言う考え方、宇宙はクオークと言う極微の粒子で出来ており、クオークが集まって原子になり、原子が集まって分子となる。そして分子が集まって物質が出来る。
従って私たちは分子の固まりである。
植物も細菌もみな分子の集まりである。
生き物ばかりでなく家具も家も石も分子の固まりである。
川を流れる水の音は水の分子のぶつかり合う音であり、人が見にまとう服の衣ずれの音は布の分子が擦れ合う音である。
そこに「私」という個別のものは存在しない。009.gif
[PR]
# by huutyann1 | 2008-01-02 12:53 | Comments(0)


本が好きなことの幸せ


by huutyann1

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリ

全体
未分類

以前の記事

2018年 01月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 08月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月

フォロー中のブログ

花木綿

最新のコメント

私は本が好きで時間があれ..
by huutyann1 at 11:08
初コメです。実は家族のこ..
by きょうこ at 04:45
mixiやGREEなんて..
by フェイスブック出会 at 11:37
昔、吉川栄治の親鸞を呼ん..
by huutyann1 at 20:31
まあ 自分はたまたまこう..
by mm1945mm at 07:53
初めてコメントさせてもら..
by mm1945mm at 07:44

メモ帳

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

本・読書

画像一覧